February 02 2015
夫婦となり空につめたき日が一つ
八田木枯
実感だろう。不思議に思う人がいるかもしれないが、「夫婦」という存在は、ときに独身のそれよりも小さく感じられることがある。二人だから一人よりも、世界が大きいとは限らないのだ。「肩寄せあって」とも言うように、二人だけだからこそ、一人ひとりそれぞれのの場所は狭くて小さいと思うときがある。ましてや寒い冬のさなかともなれば、空を行く日の光りも鈍くてつめたい。「夫婦」たるものは、そんな頼りなげな天空の下で、たった二人で生きていくのだという思いに、つまり二人きりであるゆえの孤独感にとらわれるのである。「夫婦となり」は必ずしも新婚を意味しない。この世に生を享け、数々の偶然事や必然事の果てに、縁あってとしか言いようのない結婚までたどりついた二人の運命のようなものを指している。『現代俳句歳時記・冬』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)
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