October 27102014

 矢の飛んできさうな林檎買ひにけり

                           望月 周

しぶりに、子供のころに読んだ物語を思い出した。「矢」と「林檎」とくれば、ウィリアム・テルのエピソード以外にないだろう。14世紀の初頭、スイスはオーストリアに支配されており、やってきた悪代官は横暴の限りをつくしていた。弓の名手だったテルも難癖をつけられて捕えられたが、意地悪な悪代官は彼に、幼い息子の頭に乗せた林檎を遠くから矢で射ぬけたら、命を助けてやろうと言われる。そこでテルは見事に林檎を射ぬくことに成功し、携えていたもう一本の矢で代官を射てしまう。子供向けの話はここで終わるのだけれど、このテルの働きが導火線となって、スイスはオーストリアの支配下から脱出したのであった。ただし、定説では、ウィリアム・テルはどうやら架空の人物であるらしい、そんな物語を想起させる「林檎」を、作者は買い求めた。平和な時代のこの林檎は、大きくてつやつやと真っ赤に輝いてたに違いない。ずしりと手に重い林檎の姿が、大昔の異国のヒーロー像とともに、読者の胸に飛び込んでくる。『白月』(2014)所収。(清水哲男)




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