June 2962014

 羅をゆるやかに著て崩れざる

                           松本たかし

(うすもの)は、絽(ろ)の着物でしょう。昭和初期の日本の夏は、扇風機も稀でした。扇子、団扇、風鈴に加えて、いでたちを涼しく、また、相手に対して涼やかにみせる配慮があったことでしょう。作者は能役者の家に生まれ、幼少の頃から舞台に立っていましたから、他者から見られる自意識は強かったはずです。掲句は、自身が粋ないでたちで外出しながらも、暑さに身を崩さない矜持(きょうじ)の句と読めます。一方、これを相手を描写した句ととることもできるでしょう。となれば、相当しゃれた女性と対面しています。胸部疾患が原因で、二十歳で能役者を断念した作者ですが、繊細で神経症的な印象に反して、かなりの艶福家であったことを側近にいた上村占魚が記しています。また、「たかしの女性礼讃は常人をうわまわり盲目性をおびていた」とも。そう考えると、自身を粋に仕上げている女性を描写した句です。いずれにしても、絽の着物を召している作中の人物は、舞台上の役者のごとく背後に立つもう一人の自分の眼で立居振舞を律しています。同時に、そのような離見の見を相手に気づかせないゆるやかないでたちで現れています。現在では、もうほとんど見られなくなってしまった夏の浮世離れです。『松本たかし句集』(1935)所収。(小笠原高志)




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