June 22 2014
潮干狩人波ひけば海来たる
辻 征夫
大昔から、人と海は親しい関係にあります。辻さんは、それをユーモラスな構図に仕立てました。潮干狩りの人波が、一斉に引いたあとにはしばらくの間合いがありますが、人々の足並みをなぞるように海の波が静かに押し寄せてくる光景を遠望し、楽しんでいるまなざしがあります。陸と海との境界である砂浜を舞台にして、人間の時間と自然の時間が交錯しています。潮干狩りをする親子は、シャベルや熊手で砂を掘り、貝を手に取りバケツに入れます。現代の生活で失われている獲物をじかに採るという行為をとり戻して、縄文人のDNAがよみがえります。漁協が養殖し、事前にばらまかれている貝であろうと、子どもが太古のいとなみを体験することは貴重です。とくに、室内の遊びが多くなり、指先と目の条件反射で過ごす時間が長くなっている子どもにとって、砂と海にじかに触れ、掘り出しつかむ体験は、永く体に刻まれるでしょう。そんな遊びの時間も、潮が満ちてくると一斉に人々は人波を作って陸(おか)に向かって帰り支度を始めます。人は、家に帰らなければならない。親も子どももそう。満ちてきた遠浅の潮は徐々に波となり、今まで潮干狩りをしていた遊び場は、海になってしまいました。波は、帰らなければならない時間を教えてくれます。辻さんが、このように考えていたかどうかはわかりません。ただ、潮干狩りの一日を、他の要素をバッサリ切って人と波の動きに絞り込み、五七五の3コマに編集したことで、この一日がずーっと昔の一日でもあったような、そんな遠い心持ちにもさせてくれる俳諧です。なお、句集では、掲句の前に「潮干狩貝撒く舟のシャベルかな」があるので実景の句でしょう。『貨物船句集』(2001)所収。(小笠原高志)
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