June 10 2014
サイダーや泡のあはひに泡生まれ
柳生正名
全国清涼飲料工業会が提供する「清涼飲料水の歴史」によると、日本に炭酸飲料が伝えられたのは1853年、ペリー提督が艦に積んでいた炭酸レモネードを幕府の役人にふるまったことから始まる。その際、栓を抜いたときの音と吹き出す泡で新式銃と間違えた役人が思わず腰の刀に手をかけたという記述が残る。その後、喉ごしや清涼感が好まれたことで一般に広く普及した。掲句ではかつての役人が肝を冷やした気泡に注目する。それは表面に弾ける泡ではなく、コップのなかで生まれる泡の状態を見つめる。泡はヴィーナス誕生の美しさとともにうたかたであることのあわれをまとい、途切れなく、そして徐々に静まっていく。〈切腹に作法空蝉すぐ固く〉〈少年も脱いだ水着も裏返る〉『風媒』(2014)所収。(土肥あき子)
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