June 02 2014
国家とは国益とはと草を引く
大元祐子
第二次安倍内閣になってから、やたらと「国家」「国益」の文字を目にするようになった。政治家が「国家」「国益」を考えるのは当然だが、安倍内閣の場合は、ことさらに危機感を煽りつつ喧伝するので始末が悪い。草を引きながらも「国家」「国益」とは何かと、つい自問してしまうほどである。とはいっても、作者はここでその回答を求めているのではないだろう。引いても引いても生えてくる雑草のように、この自問が繰り返し現れてきてしまうというわけだ。つまり、草取りのような労働にあって、同じように果てしのない回答なしの自問を繰り返すとき、草取りという労働のルーティン・ワーク性がより鮮明になってくるのである。子供の頃の畑の草取りは辛かった。そんな私がこの句を読むと、暑い日差しに焼かれながら、いつも回答のない自問を繰り返していたことを思い出す。『新現代俳句最前線』(2014)所載。(清水哲男)
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