May 28 2014
大いなる雲落ち来る夏野かな
会津八一
夏の晴れあがった日の平野部。見渡すと東西南北ぐるりとまんべんなく彼方に、雲がもくもく盛りあがっている。視界いっぱいの夏だ。白い雲が鮮やかにまぶしく湧いているぶんには結構だけれど、それがにわかに黒雲に変貌したりして、突然冷ややかな風が起こってくると、昨今の気象は雹が降ったり、雷雨や竜巻が発生したりして油断ができない。「大いなる雲」はぐんぐん盛りあがっていたかと思うと、大瀑布が襲いかかるように、夏野にかぶさるように、容赦なく天から「落ち来(きた)る」というのだ。まさに「落ち来る」。高く広々とした夏野のダイナミズムに、圧倒されるようである。それまで夏野に散らばっていた人びとは、あわてて走り出しているのかも知れない。こんな光景を前にしたら、書家・八一先生は「雲」という文字をどんなふうに書きあげただろうか、と妙な興味をそそられる。まさに「大いなる」句姿である。掲句と並んでいて対になるような句「白雲の夏野の果てや村一つ」は、同じときの作かと思われる。『新潟県文学全集』第II期6(1996)所収。(八木忠栄)
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