May 15 2014
苗床にをる子にどこの子かときく
高野素十
苗床を子どもたちがのぞきこんでいる。その中に見かけない子がいるがどこの子だろう。句意とすればそれだけのものだろうが、このパターンは句会でもよく見かける。ベースになっているのが誰の句かな、と思っていたら素十の句だった。「苗床」が焚き火になっていたり、盆踊りになっていたり季語にバリエーションはあるけれど見知らぬ子がまじっているパターンは一緒だ。類句がつまらないのは、この句の下敷きになっている村の共同体がもはや成り立たないからだろう。子供神輿の担ぎ手がいなくて祭りの体裁を整えるのに縁もゆかりもない土地から子供に来てもらうこの頃である。子供のいない村では「どこの子か」どころではない。この句が持っているぬくもりは今や遠い世界に感じられる。『雪片』(1952)所収。(三宅やよい)
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