March 2432014

 春風の真つ赤な嘘として立てり

                           阪西敦子

者の意識には、たぶん虚子の「春風や闘志いだきて丘に立つ」があるのだと思う。これはむろん私の推測に過ぎないが、作者は「ホトトギス」同人だから、まず間違いはないだろう。二句を見比べてみると、大正期の自己肯定的な断言に対して、平成の世の自己韜晦のなんと屈折した断定ぶりであることよ。春風のなかに立つ我の心象を、季題がもたらすはずの常識通りには受けとめられず、真っ赤な嘘としてしか捉えられない自分の心中を押しだしている様子は、いまの世のよるべなさを象徴しているかのようだ。しかしこの句の面白さは、そのように言っておきながらも、どこかで心の肩肘をはっている感じがあるあたりで、つまり虚子の寄り身をうっちゃろうとして、真っ赤な嘘を懸命に支えている作者の健気が透けて見えるところに、私は未熟よりも魅力を感じたのだった。「クプラス(ku+)」(創刊号・2014年3月)所載。(清水哲男)




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