March 1732014

 曇り日のはてのぬか雨猫柳

                           矢島渚男

まにも降り出しそうな空の下、気にしながら作者は外出したのだろう。そしてとうとう夕刻に近くなってから、細かい雨が降り出した。気象用語的にいえば「小雨」が降ってきたわけだが、このような細かくて、しかもやわらかく降る雨のことを、昔から誰言うとなく「ぬか雨」あるいは「小ぬか雨」と言いならわしてきた。むろん、米ぬかからの連想である。細かくて、しかもやわらかい雨。戦後すぐに流行した歌謡曲に、渡辺はま子の歌った「雨のオランダ坂」がある。「小ぬか雨降る 港の町の 青いガス灯の オランダ坂で 泣いて別れた マドロスさんは……」。作詞は菊田一夫だ。小学生だった私は、この歌で「小ぬか雨」を覚えた。歌の意味はわからなかったけれど、子供心にも「小ぬか雨って、なんて巧い言い方なんだろう」と感心した覚えがある。農家の子だったので、米ぬかをよく知っていたせいもあるだろう。オランダ坂ならぬ河畔に立っていた作者は、猫柳に降る雨を迷いなく「ぬか雨」と表現している。それほどに、この雨がやわらかく作者の心をも濡らしたということである。『采薇』(1973)所収。(清水哲男)




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