February 2822014

 春暁のダイヤモンドでも落ちてをらぬか

                           波多野爽波

語調である。句意は明快。春暁の道に、ダイヤモンドでも落ちていないかという問いかけである。もちろん、落ちているはずはないのであるが、読後、春暁のもと、ダイヤモンドが輝いている映像が、瞬時、心を過ぎる。その理由は、「春暁」「ダイヤモンド」の配合が美しいこと。そのイメージに「でも」で揺らぎを与え、最後の「をらぬか」で、再度、揺さぶりをかけているところにある。587の破調が一句に緊張感をもたらしている点も、見逃すことができない。『鋪道の花』(1956)所収。(中岡毅雄)




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