February 18 2014
恋猫の体つめたくして帰る
鳥居三朗
歌にも寒がりだと強調されるわりに、猫が恋を謳歌するのは一年のなかでもっとも気温が低いこの時期から始まる。なにもこんな季節にうろつかなくてもと思うのだが自然の摂理が彼らをそうさせるのだから気をもんでも仕方ない。毎年思うことだが、現代ではペットとして同格の犬と猫も歳時記のなかではずいぶんと差がついている。猫は発情期はもとより孕猫、子猫、果てはかまど猫まで季語となっているのに対し、犬はながらく人間の従者となって働く猟犬だけだった。のちに山本健吉が「冬の犬」を季語として立てたが、採用していない歳時記も多く、飛び抜けた例句も出ていないようで定着とはいえないだろう。そこへいくと発情する猫の鳴き声は猫好きでさえ迷惑に思うしろものだが、芭蕉から現在までずいぶん作品にされている。掲句の猫もようやく戻ってきた身体を撫でる飼い主の手をするりと抜けて、なにくわぬ顔で毛づくろいでもしているのだろう。『山椒の木』(2002)所収。(土肥あき子)
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