January 08 2014
信濃路の餅の大きさはかりけり
室生犀星
その昔、わが家で搗いた餅は硬くならないうちに、祖父がなれた手つきで切り餅にした。その切れ端をそのままナマで食べると、シコシコしておいしかった。大きさは市販の切り餅に比べるとスマートではなく、だいたい大きめだった。小学生のころ正月の雑煮餅は、自分の年の数だけ食べるよう母に言われたものである。八歳で八個、十二歳なら十二個ーー無茶な! 正月とはいえ、モノがなかった戦後の田舎のことだから、正月のおやつは餅とミカンくらいしかなかった。だから雑煮を無理やり年の数だけ食べて腹を一杯にするという、とんでもない正月を過ごしていた(昼飯抜き)。そのせいか今も餅は大好き。さて、犀星は信濃路で出された田舎の餅の大きさに驚いたのだろう。まさか物差しで大きさを実際に測ったわけではあるまいが、「都会の餅に比べて大きいなあ!」と驚いているのだ。昭和二十一年一月の作というから、戦時中に比べ食料事情が少し良くなってきた、そのことを餅の大きさで実感してホッとしているのだろう。同じ時に作った句に「切り餅の尾もなきつつみひらきゐる」がある。不思議な句である。『室生犀星句集・魚眠洞全句』(1977)所収。(八木忠栄)
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