November 172013
不機嫌の二つ割つたる寒卵
鈴木真砂女
長生きしている人は、ストレスの出し方も粋である。96歳まで生きた銀座卯波の女将・真砂女は、やたら自慢する客に、不機嫌になっている。(作法の知らない客だこと。小さな店なんだから、ほかのお客さんの邪魔にならないように話してよ。そんな飲み方ならちがう店に行って頂戴。)こう心の中でつぶやくやいなや、件の客は、「おかみ、卵焼き」と注文してきたから、これ見よがしに不機嫌な気持ちを込めて卵を立て続けに二つ割る。この無言のふるまいが不粋な客に届いたかどうかは定かではない。ただし、常連客には卵を溶く音とともにしっかり聞こえていた。(これから絶品の卵焼きをあんたの口の中に入れてあげるから、黙って食べなさい)。『鈴木真砂女全句集』(2010)所収。(小笠原高志)
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