September 20 2013
まひるまの秋刀魚の長く焼かれあり
波多野爽波
当たり前といえば、当たり前の光景だが、不思議な臨場感がある。その秘密はひとつは、上五の「まひるまの」にあろう。これが、夕餉の準備で、たとえば、「夕方の秋刀魚の長く焼かれあり」では、おもしろくもなんともない。「まひるま」という明るい時空で焼かれることによって、秋刀魚の存在感は増してくる。一句のもうひとつの妙味は、「長く」にある。秋刀魚が長い形をしていることは常識だが、常識をあえて、言葉にすることによって、対象物のありようを再認識させてくれる。『骰子』(1986)所収。(中岡毅雄)
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