September 13 2013
夜の湖の暗きを流れ桐一葉
波多野爽波
この句には、爽波の自註がある。作句工房がうかがえて、面白い。「真っ暗な湖上をいくら眺めすかして見ても、はるかの沖を流れる桐の一葉など目に入る筈がない。その場で確かに見たのは(略)湖の渚に流れつき漂い浮かぶ一枚の桐の一葉そのものだった。」(『波多野爽波全集』第三巻)実際に目にしたのは、湖畔に流れ着いた桐の葉が、たぷたぷ、渚に漂っている様子だったのだ。また、次のようにも述べている。「湖畔の燈火の下にもまれ漂う桐の一葉に目を凝らしているとき、初秋の湖の殊のほかの暗さを想い、目の前のここの桐の一葉から暗闇の湖上はるかを可成りの速度で流れ続けているであろう、かしこの桐の一葉を瞬時にまなうらに見て取ったのである。」(同)夜の湖を流れている桐の葉は、爽波の心の目が見たものだった。眼前の桐の葉は、湖中の桐の葉に飛躍し、そのイメージは瞬間的に、心の中を過ぎったのである。『湯呑』(1981)所収。(中岡毅雄)
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