August 27 2013
いなびかり満たす塩壼砂糖壼
花谷和子
この句、切れるのだろうか。上五の「いなびかり」で切ると、雷による稲光のなかで、塩壼に塩を、砂糖壼に砂糖を満たす。日常の行為でありながら、稲光に照らされたことによって、どこか満たされない思いの代償としてのふるまいに見えてくる。と、ここまで書いてふと気づく。やはりこの句、一章なのではないか、と。すると塩壼、砂糖壼がいなびかりで満たされているというのである。こちらの方が断然面白い。どちらも真っ白でさらさらな形態ながら、味覚としてはまったく逆の性質を持つ。雷が稲を実らせるという信仰から「稲妻」という言葉は生まれた。その伝でいくと、稲光によって塩壼砂糖壼の中身はそれぞれふさわしいものへと姿を変えていくように思えてくる。〈ちから抜く森よいずこも木の実降り〉〈過去は過去透きとおるまで百合根煮て〉『歌時計』(2013)所収。(土肥あき子)
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