June 07 2013
巣箱まだ生きてゐるなり倒れ榛
中戸川朝人
湖北と前書きがある。僕はこの風景が史跡多き琵琶湖の北方であることで何かが格別に付加されるとは思わない。どこの場所であろうと見たまま、そのままのこの瞬間にぐいと胸をつかまれるのだ。巣箱は生きていない。巣箱の中に生きているのだ。しかし、地に落ちた巣箱を目にし、その中で鳴いているか動いている小鳥を目にしたとき、作者は巣箱が生きていると言わざるを得ない切迫感にとらわれる。リアリティはまだある。「倒れ榛」だ。タオレハン、タオレハンと口にして言ってみるといかに調子の悪い語呂かということがわかる。榛(はん)は田んぼべりに稲架用にボーっと立っているひょろひょろの木。そんなどこにでもある、草で言えば雑草のような木に生まれた命だ。きれいな音律の下五などいくらでも斡旋できように。演出では届かない世界が示されている。技術を超えた技術が二個所。『巨樹巡礼』(2013)所収。(今井 聖)
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