April 20 2013
蟇ないて唐招提寺春いづこ
水原秋桜子
春いづこ、について秋桜子自身が「感傷があらわに出すぎていけないと思っている」と、その著書『俳句になる風景』(1948)で述べている掲出句、水原春郎著『秋櫻子俳句365日』(1990・梅里書房)の四月二十日の一句である。ただ、作者は日記の類は嫌いだったということなので、この日に作られたとはかぎらない。蟇は夏季だが、鳴き始めるのは春であり、前出の自著の自解に「山吹のほかに何ひとつ春らしい景物のない講堂のほとりを現わし得ているつもり」とあるので、春を惜しんでいるのだろう。唐招提寺春いづこ、強い固有名詞と詠嘆、ふつうなら上五はさらりと添えるような言葉にするところ、蟇ないて、とこれも主張している。一見ばらばらなようでいて、上五中七の具体性が、感傷をこえた深い心情を感じさせる。(今井肖子)
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