March 08 2013
勝負せずして七十九年老の春
富安風生
私、一度も「勝負!」と思ったこともしたこともなくて79歳に相成りましたという句。一高、東大法科を出て逓信省に入り、次官となって官僚の頂点に登りつめる。俳人としては虚子門の大幹部で「若葉」を創刊主宰そして芸術院会員だ。勝負してるじゃん。そんでちゃんと勝ってる。連戦連勝じゃんか。と思うのはこちらのひがみ根性。こういう人に限って勝負したという意識が無いんだな。自然体でなるべくしてなるところに落ち着いたんだと本人は思っていらっしゃる。あるいは、まあ可もなく不可もなくでございますくらいはおっしゃるのかもしれない。苦節何年とかいうのは歯を食いしばってるということだから勝負してるということ。風生さんには苦節の意識も無いんだと思います。あなたは風生を語るときにどうして彼の学歴とか社会的な地位とかを必ず言うのか、それは俳句の良し悪しと別のところで批評してることにならないかと問われたことがある。そうじゃないんだと僕は応える。風生俳句にはっきりと出ている余裕の風情、これは社会的な地位とも無縁ではない。そしてどこか俳句に対して「余技」の意識が感じられる。余技といってもいい加減に関っているという意味ではない。「たかが俳句、されど俳句」の両者の間合をよくわかっているということ。殊に主宰などと呼ばれる人には「されど俳句」の意識が強すぎてやたら肩に力が入ってる方がいらっしゃる。僕も気をつけなきゃ。どこかで「たかが俳句」の「謙虚」も大切なのだ。「別冊若葉の系譜・通巻一千号記念」(2012)所載。(今井 聖)
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