February 10 2013
軍港へ貨車の影ゆく犬ふぐり
秋元不死男
寒いですね。今年は梅の開花が二週間ほど遅れているそうですが、先月末、谷保天満宮の梅林に探梅しに行くと、百本ほどの梅の木の中で、三本ほど、花が開いているものがありました。それも、一本の中で二輪、三輪ほどの開花ですから、一分咲き未満です。天神様お墨付きの梅は、永い間春のブランドの座を保っていますが、梅と違って犬ふぐりは、河川敷のグランド隅に見つける花です。誰にも気づかれずに踏みつけられることもある花ですが、無所属の自由さがあり、春を一番に知らせるこの野の花が好きです。球春も、犬ふぐりとともにやってきます。掲句のように、犬ふぐりは何かの脇に咲いていて、けっして主役にはならず、また、群生するところを見かけません。軍港へ向かう貨車は、金属の物体を運び、鉄路の音を立てて、重くゆっくり移動しています。この時、作者は、鉄路の音を耳にしながらも、影の動きの中に、はっきり犬ふぐりを見つめています。影だから、犬ふぐりは踏みつけられることはない。それを喜んでいると読むのは僭越でしょう。ただ、昭和十八年二月十日夜、迎えに来た妻とわが家へ帰る時の「獄を出て触れし枯木と聖き妻」「北風沁む獄出て泪片目より」「寒燈の街にわが影獄を出づ」(「瘤」)の句にもあるように、京大俳句事件で新興俳句の弾圧に連座し、二年間、獄中生活を送った身です。掲句の鉄路の音に、不吉で不条理なものを感じつつ、しかしそれは音の無い影の移動に変換されて、作者は、青紫の小さな花一輪に、ささやかな春を見い出しています。『秋元不死男全句集』(1980・角川書店)所収。(小笠原高志)
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