February 03 2013
節分の高張立ちぬ大鳥居
原 石鼎
節分の日、大鳥居の向こうには高張が連なる参道が見えます。節分は、旧暦の大晦日です。かつては、一年の負債の一切を負い、あるいは清算し、新年に向けてリセットできる日でした。「鬼は外、福は内。」旧い年の穢れをはらい、新春を迎える大声の儀式です。高張は、節句、例祭、季節の祭に境内に立てる木の柱。その上に提灯をつけて高張提灯をともす祭もあります。高張を立たせることで、上(神)とつながる柱を立たせようとしたのでしょうか。神を数える助数詞は「柱」ですから、高きにおわす神と地上とをはし渡しする高張なのかもしれません。諏訪大社の「御柱祭」には、そのような気持がありそうです。掲句を嘱目として読むと、たとえば、作者の故郷、出雲大 社に向かう商店街の坂道をゆっくり歩きながら、大鳥 居が視界に入り、その向こうに高張が立ち並ぶ、遠近法的な配置が見えてきます。手前に大鳥居、向こうに高張。高く、奥行きのある空間のその先には、にぎわいの豆まきの声と音が空にはじけましょう。私は本日、鶴岡八幡宮の節分節会に詣でます。「日本大歳時記・冬」(1981講談社)所載。(小笠原高志)
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