はやく春にならないかなあ。馬鹿みたいだけど、それだけが望み。




20130123句(前日までの二句を含む)

January 2312013

 冬凪や鉄塊として貨車憩ふ

                           木下夕爾

とした冬のある日、風がない穏やかな日になったりすることがある。それが冬凪。寒中の凪を「寒凪」と言い、北海道あたりの寒さ厳しいなかでの凪はとくに「凍凪」と呼ばれる。吹雪であろうが、風雨であろうが、機関車に引かれて貨車は走りつづける。しかし、冬凪で停車しているときは貨車としてではなく、黒々とした単なる鉄の塊となって、ホッとしているようにも見えたりする。今はじっくり憩っているのだ。どんな天候にもかかわらず走っているときは貨車そのものだけれども、停車して憩っているときは鉄の塊と化している。「鉄塊」としてとらえた観察は鋭いし、中七はこの句のポイントになっている。貨車の静と動が対比的に見えてくるようにも感じられる。「貨車」のままで憩っているわけではなく、鉄の塊と化してしばし憩っているというわけだ。憩っていても鉄塊であり、貨車は決して緩んでいるわけではないことを理解させてくれる。夕爾には、他に「汽笛の尾ながし片側町の冬」「冬濤とわかれ大きく汽車曲る」などがある。『菜の花集』(1994)所収。(八木忠栄)




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