January 11 2013
寒燈の一隅を占め塑像の掌
黒田櫻の園
櫻の園は金沢在住の俳人。戦後澤木欣一らと「風」を創刊。「馬酔木」の主要同人としても活躍した。この作句時は39歳。安東次男に次いで寒雷集の次巻頭を占めている。「寒雷」創刊からまだ三年、楸邨の出自である「馬酔木」から多くの若い俊英が投句していたことがうかがえる。前書きに「H氏アトリエ一句」。櫻の園は大学の歯学部を出たが、絵画、焼物の絵付、加賀友禅の絵柄などの製作デザイナーとしてその名を知られた。専門以外の分野に異才を放ったその後の傾向がこの句にも出ている。「寒雷・昭和十八年三月号」(1943)所載。(今井 聖)
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