January 07 2013
不機嫌に樫の突つ立つ七日かな
熊谷愛子
季語は「七日」で、一月七日のこと。習慣的に関東の松の内は七日まで(関西では十五日までとされているが、最近ではどうなのだろう)だから、今日で正月も正月気分もおしまいだ。多くの人にとって、正月は非日常に遊ぶ世界ではあるが、三が日を過ぎるあたりから、その非日常の世界を日常が侵食してくる。お節に飽きてきてカレーライスを食べたくなったり、ゴミの収集がはじまったりと、非日常が徐々に崩れてくる。同じ作者に「初夢の釘うつところ探しゐて」という句があり、ここでは早々に日常に侵入されてしまっている。客の多い家ともなると、主婦が非日常に遊ぶなんてことは不可能だ。それでもまあ、松の内という意識があるから、なんとなく七日くらいまでは正月気分をかき立てているわけだ。この句は、そんな気分で七日を迎えた主婦が、久しぶりに醒めた視線でまわりの景色を見渡したときの印象だろう。樫の木が不機嫌そうに立っているのが、目についた。なんだか人間どもの心理的物理的な落花狼藉の態を、ひややかに見つめつづけていたような雰囲気である。この樫の木の不機嫌も、やがては日常の中に溶けて消えてしまうのだが、今日七日のこのひんやりとした存在感は、特別に作者の心に突き刺さったのだった。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)
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