除夜の鐘まであと三週間。師走を実感する日々がつづきそうだ。(哲




20121210句(前日までの二句を含む)

December 10122012

 風呂吹や曾て練馬に雪の不二

                           水原秋桜子

うもこの作者は、一句を美々しい絵のように仕立てるのが趣味のようだ。それが悪いというのではないが、私の口にはあまりあわない。この句の勝負どころは、風呂吹(大根)から大根の産地として有名な練馬を連想するところまでは通俗的でどうということはないけれど、後半に何を配するかにかかってくる。私なら通俗ついでに「恋ひとつ」とでもやりたいところだが、秋桜子は大根の白さを「不二(富士)」にまで押し通したつもりか、曾て(かつて)は見えていた雪化粧の富士山を据えている。ここで私には富士山よりも、作者の「どうだ」といわんばかりの顔までが見えるようで鼻白んでしまう。駄句とまでは言わないが、これではせっかくの風呂吹にまつわる人間臭さが飛んでしまっている。つまり、せっかくの風呂吹の味がどこかに失せているのだ。美々しい絵はそれなりに嫌いではないけれど、私は人間臭さの出ている絵のほうが、どうもよほど好きなようである。蟇目良雨『平成 食の歳時記』(2009)所載。(清水哲男)




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