November 30 2012
寒雀瓦斯の火ひとつひとつ點きぬ
能村登四郎
登四郎31歳の時の句。大学を卒業後昭和14年28歳で「馬酔木」に投句。それから三年後の作品で「寒雷」にも投句していたことがわかる。「寒雷集」二句欄、もう一句は「卒業期もつとも遠き雲の朱」。両方とも若き教師としての生活がうかがわれる作品である。同じ二句欄に森澄雄の名前もある。澄雄の方は「寒天の松暮れてより夕焼くる」「かんがふる頬杖の手のかぢかみて」。ふたりともすでに生涯の傾向の萌芽が明らか。太平洋戦争開戦から三ヶ月。緒戦の勝った勝ったの熱狂の中でこのような素朴な生活感に眼を遣った句が詠まれていたことに瞠目する。「寒雷・昭和十七年三月号」(1942)所載。(今井 聖)
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