November 14 2012
障子貼る女片袖くはへつつ
尾崎一雄
障子は冬の季語だが、「障子洗ふ」「障子貼る」になると秋の季語であることは、俳人ならば先刻ご存知のこと。たしかに「洗ふ」も「貼る」も、冬に備えての障子の準備作業である。古くなって色の変わった、あるいは破れができた障子を洗って除き、真新しい障子を貼る作業を経て、その家はいよいよ冬をむかえることになる。障子貼りは力仕事ではなくて細やかさが求められるから、たいがいは女性の仕事であった。女性が襷がけで甲斐甲斐しく立ち働いているわけだが、掲句の女性は襷をしていなかったから、作業の邪魔になる着物の袖を口にくわえている、という図であろう。「片袖くはへつつ」は日本画にありそうな姿がとてもしなやかだし、この女性のテキパキした動きも見えてくる。一雄らしい細やかな観察である。そう言えば、私は中学生のころ家でよく障子貼りをさせられた。古い障子をこの時とばかり、ブスブスでたらめに破ったうえではがすのが愉快だった。けれどもフノリを多からず少なからず桟に塗って、丸まった障子紙をきちんと貼っていく作業には神経をつかった。障子には「明かり障子」「衝立障子」「襖障子」などの種類があるという。現在の障子は「明かり障子」のこととされる。一雄には他に「木枯の橋を渡れば他国かな」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)
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