November 13 2012
牡蠣割女こどもによばれゐたりけり
嶺 治雄
牡蠣割、牡蠣打ちとは牡蠣殻から牡蠣の身を取り出す作業である。牡蠣割女(かきわりめ)は郵便夫などとともに、男女を誇張した呼び名を避ける昨今の風潮には適さないと切り捨てようとされている言葉のひとつだ。しかし、牡蠣割には男が海に出て得た糧を、女が手仕事で支えていた時代のノスタルジーとエネルギーがあり、捨てがたい情緒が漂う。寒風、波の音、黙々と小刀を使って牡蠣を剥く。現在の清潔な作業場においても、俳人はそこになにかを見ようとし、目を凝らし耳を澄まし、江戸時代の其角や支考の句などを去来させつつ、次第に現代から浮遊していく。そして、子どもの声によって、唐突にこの人にも電化製品に囲まれたごく普通の生活があったのだと気づくのだ。牡蠣割女が振り向くとき、そこには時代を超えてただただ優しい母の顔があるのだろう。〈鳥雲に人はどこかですれちがふ〉〈夏痩せの腕より時計外しけり〉〈犬小屋に眠れる猫や春近し〉『恩寵』(2012)所収。(土肥あき子)
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