余白句会会員近著。柴田千晶『生家へ』。俳句と詩のコラボ。(哲




20121005句(前日までの二句を含む)

October 05102012

 遠蜩何もせざりし手を洗ふ

                           友岡子郷

もしてないのにどうして手を洗うのだ、可笑しいな。という意味にとると日常の無意識の動作を詠んだ句になる。でもそれは何もしてない、汚れてもいないのに手を洗ったという面白くもないオチにもなる。この句は何もしていないことを喩として詠んでいる自己否定の句だ。ほんとうに自己否定している句は少ない。自己を戯画化しているようでどこかで自分を肯定している作品もある。こんなつまらねえ俺なんかに惚れてねえで嫁に行きやがれ、なんて昔の日活映画だ。俳句を自解する人も自句肯定の人だ。意図通りの理解を強く望んでいる。何もせざりしという述懐に作者の生き方、考え方が反映している。『黙礼』(2012)所収。(今井 聖)




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