September 30 2012
秋蝶や遠のくものに雲一つ
中堂高志
秋蝶に、はっとしています。季節はずれのちょっとした驚きを、切れ字の「や」から読みとれます。秋蝶の羽は薄く、飛び方はおぼつかなく、初蝶の予感にくらべてもののあはれを感じさせますが、これは、見る側の心のもちようの表れでもあるでしょう。ところで、「遠のくもの」とは何なのでしょうか。秋蝶とも、雲一つとも、ほかのものともとれます。この句の面白さはここにもあって、視聴者参加型の双方向TV番組のように、「遠のく[もの]」は、鑑賞者が自由に解答し、いくつもの正解を許容する空欄補充問題です。私が入試の出題者なら、「次の俳句を読んで、『遠のくもの』とは何を指すかを述べなさい」という問題を作ります。センチメンタルな受験生なら、「遠のくものとは、自分の過去、過去に愛した人、愛した土地、郷愁」と答えるでしょうし、理系の受験生なら、「遠のくものとは太陽。地軸の傾きと太陽の運行によって、日照時間は短くなり、気温は低下していき、それが秋蝶の運動能力の低下と、秋の雲の密度の稀薄さの要因となっている」と答えるでしょう。美大受験生なら設問を無視して、「近景の秋蝶は紋白蝶、遠景の雲は蝶と不即不離の構図でパース(遠近感)を作り、白とグレーの遊びのあるグラデーションに動きがあって、俳句は美術たり得る。」と興奮し、最後に音大受験生。「掲句を音符としてとらえると、上五は、a音から始まりa音で終わり、明るく始まっています。切れ字の『や』が、『あ!』と、口を開けています。ところが、中七以下は、toonokumononikumohitotsuで、12音中7音が「o」、3音が「u」で、口を閉じぎみにすぼめています。「遠のくもの」は、時間的には過去であり、空間的には刻々と変化する雲一つであり、近景の蝶に対する新鮮な驚きの明るさと、遠景の雲に対する内省的にめり込んだまなざしを、音標化しています。」私が採点者なら、どれも正解にしたいところですが、出題者と作者には、ずれもよくあります。作者、中堂高志さんは、今春、『モーツァルト、遊びの空間』(神泉社)を上梓された文芸評論家。この本、楽しい読書の時間でした。「菜の花句集」(2002・書肆山田)所収。(小笠原高志)
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