September 19 2012
湾かけて風の名月飛ぶごとし
多田裕計
この場合の「かけて」は「懸けて」の意味であろう。たとえば東京湾でも伊勢湾でもいいけれど、大きな港湾を股にかけて風がダイナミックに吹きわたっている。夜空には名月が皓々と出ていて、まるで風にあおられて今にも飛ばされんばかり、というそんな光景である。「湾」という大きさに「飛ぶごとし」というスピードが加わって、句柄は壮大である。あるいは、少し乱暴な解釈になるけれど、「かけて」を「駆けて」と解釈してみたい気もしてくる。湾上を風が疾駆し、名月も吹き飛ばされんばかりである。ーー実際にはあり得ないことだろうが、文芸作品としては許される解釈ではないだろうか。風も名月も湾上を飛ぶなんて愉快ではないか。なにせ俳句は、亀が鳴いたり、山が眠ったり笑ったりする世界なのだから。そんなところにも俳句のすばらしさはある。蛙が古池に飛びこんだくらいで驚いてはいられない。裕計は俳句雑誌「れもん」を主宰した芥川賞作家で、他に「夢裂けて月の氷柱の響き落つ」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)
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