September 09 2012
虫鳴いて裏町の闇やはらかし
楠本憲吉
酒の仲間と別れ、表通りをほろ酔い気分で歩いている。虫の音に誘われて、裏町に足を踏み入れると、闇は濃くやわらかい。この裏町には、私ひとりを招き入れてくれる隠れ家がありそうだ。裏町には人も棲んでいて、鉢植えもあるので、虫の寝床もあります。裏町の路地は、海でいうならカニやヤドカリが棲息できる入り江や磯に似て、表の世界で疲れたり、傷ついたりした男たちが、身をやすめに来られるところです。日本の都市の多くは、表通りと裏通りが平行しています。表通りが広い車道のオフィスビル街なのに対して、裏通りは車の入りにくい商店街や飲食街、それに民家も続いていて、都市のにぎわいを形成しています。たとえば銀座なら、昭和通りに平行し交わる路地は数十を越えますし、大阪なら、御堂筋に平行する心斎橋筋に活気があります。たぶん、街を楽しむということは、歩くことを楽しむということで、そのとき、虫の音や、闇のやわらかさを肌で感じとれるということなのでしょう。「日本大歳時記・秋」(1981・講談社)所載。(小笠原高志)
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