August 16 2012
来て洗ふ応へて墓のほてりかな
星野麥丘人
このごろはロッカー式の墓があったり、墓を作らずに散骨を希望する人も増えているようだが、鬱蒼と茂る樹木に囲まれた墓に参るのもいいものだ。しかし先祖が眠る墓苑では、無縁仏になってしまったのか荒れたお墓も目に付くようになってきた。昔に比べ家族の結びつきが希薄になった現在、墓はいよいよ取り残されてしまうかもしれない。掲句では「来て洗ふ」という表現から心のこもった墓参りの様子が伝わってくる。強い日差しにほてった石のぬくみを手のひらに感じながら丁寧に墓を洗う。墓のほてりが懐かしい人の体温のようだ。たっぷりと水を吸った墓に花を活け、線香をあげてさまざまな出来事の報告をする。水と墓石のほてりの照応に、現世と彼岸との目に見えない交流が感じられる。『星野麥丘人句集』(2003)所収。(三宅やよい)
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