August 12 2012
なでしこよ河原に石のやけるまで
上島鬼貫
上島鬼貫(うえしま・おにつら)は、「まことの外に俳諧なし」と悟り、同時代の芭蕉に深く影響を与えました。「なでしこよ」と、呼びかけの間投詞「よ」を用いて、「なでしこ」への親愛の情を率直に示しています。「河原に石のやけるまで」は、梅雨が明けた七月、八月の炎暑のなかで、花、開く姿でしょう。夏の花、なでしこは、過酷な条件の中で咲いています。図鑑によると、日本の撫子は四種類あります。カワラナデシコ・ハマナデシコ・タカネナデシコ・ミヤマナデシコ。この夏、ロンドンでも、キャプテン・宮間なでしこたちが、芝生にボールの焼けるまで、存分に活躍してくれました。沢から流れ落ちる岩清水の川は澄み、宮間の大野に大和撫子は咲き乱れました。「なでしこジャパン」。当初は、この命名に戸惑いましたが、今や立派な花です。男子チームの活躍もあっぱれです。サッカーを見ていて、これは、鬼ごっこだな、と思いました。ニッポンのこどもたちが、世界の鬼ごっこで活躍できているのをみると、夏以上に熱くなります。なでしこよ、ニンジャたちよ、ありがとう。「日本大歳時記・夏」(1982・講談社)所載。(小笠原高志)
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