この夏も冷房なしで「立秋」までは乗り越えた。あと一ヶ月ほど。(哲




20120808句(前日までの二句を含む)

August 0882012

 死んだ子の年をかぞふる螢かな

                           渋沢秀雄

の頃からふわふわ飛びはじめる螢、その火は誰が見ても妖しく頼りなくて儚い。あの子が今生きていればいくつ……と、螢にかぎらず、何かにつけて想うのが親心というものだろう。殊に儚い火をともして飛ぶ螢を、無心に追いかける子どもたちを見るにつけ、子を亡くした親は「あの子が生きていれば……」としみじみと思いめぐらしてしまうに違いない。私には生まれてすぐに亡くなった姉がいたようだが、親は折々にその年を数えてみたりしていたのかもしれない。私などが子どもの頃に歌って螢を追った「ほ、ほ、螢こい、そっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ……」という文句も、どこかしら哀しく寂しい響きをもっていた。掲句は二十四歳で失った次男のことを詠んだもの。親にとっては幾つになっても子は子である。秀雄は各界の面々が寄った句会「いとう会」の古参メンバーだった。俳号は「澁亭(しぶてい)」。澁澤榮一の四男だった。秀雄の代表句には「横町に横町のあり秋の風」があり、他に「ででむしや長生きだけが芸のうち」がある。『澁澤澁亭』(1984)所収。(八木忠栄)




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