June 21 2012
無垢無垢と滝に打たれてをりしかな
山崎十生
座禅を組むのも、断食道場へ通うのも、滝に打たれるのも自分の中に巣くう煩悩を流して生まれ変わりとはいかないまでも、まっさらな自分になりたいがためだろう。どのぐらい効果があるかわからないが、「無垢無垢」と念じつつ、轟音とともに落ちてくるしぶきの冷たさに耐えながら立っている様子を思うと何だか笑えてくる。真面目であればあるほど「無垢無垢」が擬音語のようでもあり、念仏のようでもあり、押さえても押さえても湧き出てくる煩悩のようで、何だかおかしい。那智の滝や華厳の滝の如く遥か上方から垂直にたたきつけるのは怖すぎるけど、穏やかない滝なら、ムクムクと打たれてみるのもいいかもしれない。『悠々自適入門』(2012)所収。(三宅やよい)
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