「通報」というけれど「タレコミ」ともいう。いやな感じ。(哲




20120617句(前日までの二句を含む)

June 1762012

 手の薔薇に蜂来れば我王の如し

                           中村草田男

学に入って、初めて買った俳句の本、「季寄せ-草木花・夏(上)」で掲句に出会いました。この本、ご存知の方も多いと思いますが、見開き二頁のなかに、花の写真と植物の解説と例句がそろう親切なつくりで、よい入門書でした。写真と俳句の相性のよさが活かされた本です。掲句はたぶん実景で、草田男は庭の薔薇を切って手にしていたか、あるいは薔薇の花束を手にしていたか、そこに蜂がやって来たわけですから、庭が妥当でしょう。勤務先、成蹊高校の中庭かもしれません。薔薇を手にしているだけでも豪華ですが、そこに蜂が来れば絢爛です。このとき草田男は、「おー」と心の中で叫んだから「王の如し」なのかどうかはわかりません。ただ、このような、シェー クスピア 劇の一場面のような劇的一瞬が、われわれの日常の中にも稀にあり、草田男はそれを見逃さず、俳句のシャッターを切りました。薔薇の花びらは、一片一片が大きくややぶ厚い質感で、それらが中央から三重、四重にもなって真っ紅に開いているので、王にふさわしい姿です。蜂は、胸部は褐色の毛におおわれていて、腹部は縞模様が黒く光り、威圧感があります。その姿は、武器を隠し持つ王の傭兵のようです。薔薇も蜂も王朝風に美しく、しかし、薔薇は棘を出し、蜂は針を隠しています。これは、王家がつねに美をまとい、つねに武装に腐心するのに似ています。作者は、庭で全盛期のリア王のように絢爛豪華な気分にひたりながらも、同時に、王家には、常に刃が向けられている恐怖 をも感じたのかもしれません。薔薇も蜂も、美しく無惨な悲劇に合います。教師時代の草田男は、いつもマント姿だったようで、舞台衣装もきめてます。(小笠原高志)




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