June 06 2012
骨酒やおんなはなまもの老女(おうな)言う
暮尾 淳
骨酒は通常焼いたイワナを器に入れて熱燗をなみなみ注ぎ、何人かでまわし飲みするわけだが、季節を寒いときに限定することはあるまい。当方は真夏、富山県の山奥の民宿で何回か骨酒の席を経験したことがある。特にとりたてておいしい酒とは思わないが、座が盛りあがる。一度だけ、見知らぬ若い女性と差しで飲んだこともあった。しかし「なまもの」などという言い方をすると、女性からクレームをつけられるかもしれませんよ、淳さん(おとこはひもの?)。中七を平仮名書きにしたところに、作者が込めた諧謔的な本音があるように思われる。てらいもあるのかもしれない。「なまもの」はおいしいが、中毒するという怖さもある。「なまもの」だからといって、「刺身」などではなく「骨酒」を持ち出したあたり、なるほど。酒に浸され、まわし飲みの時間が経過するにしたがって(おんなも一緒に飲んでいるのだろう)、次第に魚の身が崩れ、骨が露出してくる姿に、「おんな」にも飲まれる哀れと怖さを感じているのかもしれない。ここは老女に「おんなはなまもの」と言わせたのだから、いっそう怖いし、皮肉も感じられる。句集の解説で、林桂は「暮尾さんの俳句の文体は、俳句的修辞への悪意とも憎悪ともつかないものがあって緊張している。最初から俳句表現に狎れることを拒否した緊張感だ」と書く。他に「もういいぜ疲れただろう遠花火」などがある。『宿借り』(2012)所収。(八木忠栄)
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