May 18 2012
夕焼雀砂浴び砂に死の記憶
穴井 太
この句が載っている本には鑑賞者がいて、その人によるとどうもこの句は長崎の被爆の悲しみや憤りを詠った句らしい。仮にそれが自解などで間違いない創作動機であったにしてもこの句にはそんなことは書かれていない。夕焼けの中で雀が砂浴びをしているのを見ていると、作者には砂に「死」というものの記憶が感じられるという句である。それ以外のことは書いてない。僕に感じられるのは第一に夕焼雀という造語の抒情性。第二に雀の砂浴びという平和な風景の中に「死」を見ている作者の感性。「死」が理不尽なものであろうと自然死であろうと関係ない。たとえば輪廻転生を繰返してきた人の前世の記憶であってもいい。『現代の俳人101』(2004)所載。(今井 聖)
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