December 23 2011
いろいろの死に方思ふ冬木中
福田甲子雄
今年大切な人を亡くした。20歳も上の人生の先達だ。彼とはよく「死」についての話をした。「父母が死ぬとこんどは自分が死顔を見られる番だという気になる」「何かを遺すなんていうけど死んでゆく側には何の関係もない」「平知盛は見るべきほどのことは見つなんて言ったけど俺には無縁の心境だな。できれば50年後の世界を見てみたい」そして彼は死んで棺に入り僕らに死顔を見せた。交通事故や病気はいつも意識して用心していればある程度避けることが出来る。死だけはそうはいかない。意識していてもしなくても必ずやってくる。死ぬんだったらどんな死に方がいいかなんて話は誰でも一度や二度はしたことがあるだろう。そういう意味ではこの句は深刻な句ではない。日常のふとした思いに過ぎない。そしてこう書いた作者もすでに故人になられたということがどこか不思議な感じがする。うまく言えないけど。『白根山麓』(1982)所収。(今井 聖)
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