September 26 2011
ほがらかな柿の木一本真昼かな
火箱ひろ
柿の木を見るのが好きだ。子供の頃から、周辺に柿の木が多かったからかもしれない。若葉の頃の柿の木は子供心にも美しいと感じたし、実をたわわにつけた秋の木にはとても豊饒感があって、見ているだけで幸せな気分になる。その柿の木に性格を読むとすれば、なるほど「ほがらか」がふさわしい。秋の青空を背景に立つ姿は、陽気そのものだ。いま暮らしている東京都下にも柿の木が点在していて、とくに中央線で立川を過ぎて八王子の辺りを通りかかると、古い家の庭に植えられている木が目立ってくる。自然と、心が弾んでくる。作者と同じように、しばらく学生時代に私も京都市北区で暮らしていたが、はてあのあたりに目立つ柿の木はあっただろうか。覚えていないが、もちろんこの木は京都のものでなくてもよいわけだ。「ほがらかな柿の木」が、快晴の空の下にしいんと立っている「真昼」である。句の奥のほうに、逆に人間の哀しみのようなものも滲んで見えてくる。『えんまさん』(2011)所収。(清水哲男)
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