September 25 2011
ねばりなき空に走るや秋の雲
内藤丈草
句を読んでいると、たまに、ああこれは作り過ぎているなと感じることがあります。こんなに短い表現形式なのに、盛りだくさんに技巧を凝らすと、そういうことになるようです。所詮は作り物なのだから、作品の中から作意を完全に消し去ることはできません。だから凝った表現は、せめて一句に一か所にしてもらいたいものです。今日の句、凝っているのはもちろん「ねばりなき」のところです。それ以外には特段解説できるようなところはありません。さっぱりしています。このさっぱりが、なかなかすごいのです。雲が秋の空に抵抗を感じないように、句を作る所作にも、余分な抵抗はなさそうです。言葉は自然に生まれ、生まれたままの姿で句に置かれ、秋空を滑る雲のように、読者の目の中に滑り込んできます。『日本大歳時記 秋』(1971・講談社) 所載。(松下育男)
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