September 20 2011
いつもあなたに褒められたかつた初涼
阿部知代
悼山本紫黄の前書がある。「面」を主宰していた山本紫黄は〈新涼の水の重たき紙コップ〉〈日の丸は余白の旗や春の雪〉など、諧謔と抒情の匙加減の絶妙な作家であった。俳縁とは不思議な縁である。ともすれば、その人の年齢も生業も知らないまま、何十年と付き合いが続く。亡くなって初めて、ご家族の顔を知ることも少なくない。俳人の葬儀では、故人が句会で発していた名乗りを真似た声が、どこからともなく上がるという。おそらく家族や親戚も知らない、座を共有した者たちだけが知る故人の声である。それはまるで鳴き交わしあった群れが、去っていく仲間に送る最後の挨拶のようだと、今も深く印象に残っている。俳句は、おおかたが大人になってから出会うこともあり、褒められるという機会がなくなった頃、句会で「この句が好きだ」と臆面もなく他人から言われることの喜びを得られる場である。そして、誰にも振り向かれなくても心から慕う人だけに取られたときの充足はこのうえないものだ。師を失った弟子の慟哭は限りない。生前は言えなかったが、もう会えない聞いてもらえないからこそ吐露できる言葉がある。そして、これほど切ない恋句はないと気づかされる。「かいぶつ句集」(2011年9月・第60号特別記念号)所載。(土肥あき子)
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