August 10 2011
ワイシャツは白くサイダー溢るゝ卓
三島由紀夫
ワイシャツ、サイダー、卓がならべられた、別段むずかしい俳句ではない。意外や、この作家もかつて俳句を作っていたという事実。詩も作った。ワイシャツの白さと、溢れるサイダーの泡の白さが重ねられて、三島らしい清潔感に着目した句である。学習院の初等科に入った六歳のときから俳句を作りはじめ、中等科になって一段と熱が入ったという。同級生の波多野爽波と一緒に句会に顔を出したり、吟行に出かけたりしたらしい。掲句はその当時のものと思われる。他に「古き家の柱の色や秋の風」という句もある。しかし、間もなく爽波の俳句の才能に圧倒されて、自分は小説のほうへ移った。現在残されているいちばん古い句に「アキノカゼ木ノハガチルヨ山ノウエ」という可愛い句がある。俳句について、三島は後年次のように書いていた。「ただの手なぐさみの俳句では、いつまでたっても素人の遊びにすぎず……」。若くしてのどかな句会に対して疑問も感じていたようである。一九七〇年に自決したときの辞世の歌の一首に「散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐」がある。この歌の評価は低かったという記憶がある。『みんな俳句が好きだった』(2009)所載。(八木忠栄)
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