長崎忌といえば、永井隆博士の『この子を残して』を思い出す。(哲




20110809句(前日までの二句を含む)

August 0982011

 八月の赤子はいまも宙を蹴る

                           宇多喜代子

1945年の本日午前11時2分、長崎市に原爆が投下された。その瞬間赤子は永遠に赤子のまま、時間は凍りついた。掲句の赤子が象徴しているものは、日常が寸断された世界である。笑おうとした顔、なにげなく見あげた時計、蝉の背に慎重にかざす捕虫網。普段通りの仕草の途中で、唐突に命がなくなってしまったとき、その先に続くはずだった動作は一体どこへ行ってしまうのだろう。彼らは、永遠に笑い、時計を見やり、蝉を捕り続けているのではないのか。その途方に暮れた魂を思うとき、わたしたちは今も頭を垂れ、醜い過ちを思い、静かに祈るしかないのだろう。『記憶』(2011)所収。(土肥あき子)




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