June 14 2011
眺めよき死地から死地へ青嵐
宇多喜代子
死地とは戦場かもしれず、また天災によって傷つけられた土地かもしれない。「眺めよき」とは甚だ物騒な表現だが、一切が空(くう)となった地をどのように表現しようかという苦悩が作者のなかにはあったはずだ。その思いが胸に巣食ったまま、本書のあとがきにたどりつけば、そこには「振り返れば一句の背後、消した百語千語や、時のひろがり、おもいの深みが蘇えってきます」と書かれていた。そこであらためて掲句を振り返れば、書かれては消された幾百の文字が、作者の祈りとなって渦巻きながらにじみ出ているように思えてきた。今はここに残された17音に、ただただ目を凝らし、人間と自然の姿に思いを馳せる。〈八月の赤子はいまも宙を蹴る〉〈かぶとむし地球を損なわずに歩く〉『記憶』(2011)所収。(土肥あき子)
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