May 24 2011
花蜜柑匂ふよ沖の船あかり
武田孝子
蜜柑の花が咲く頃になると、街全体が清々しい香りで包まれる。作者の出身は愛媛というから、同じ蜜柑王国である静岡出身の私の気分は大いに満たされる。少女時代、周囲を見回せばどこにでもあった穏やかな山々は、どこもいっぱいの陽光を注がれ、蜜柑の花を咲かせていた。童謡の「みかんの花咲く丘」もまた「思い出の道、丘の道」と起伏の多い土地であり、「遥かに見える青い海、お船が遠く浮かんでる」と、思わず重ねてしまうが、しかし掲句の眼目は夜であることだ。船の灯す沖の明かりの他は、ただ波音が繰り返される闇のなかに作者はいる。白く輝く花の姿はないが、作者にはまざまざと見えている。そしてその闇に咲き匂う純白のたたずまいこそ、作者が愛してやまない故郷そのものなのだろう。蜜柑の花は蜜柑の匂いがする。それをしごく当然と思っていたが、林檎や梨の花にはまったく果実の匂いがしない。こんなことにもなんとなく誇らしく思えるのだから、故郷というのは素敵である。『高嶺星』(2006)所収。(土肥あき子)
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