新聞やテレビは美談にシフトしはじめているが、そんな場合か。(哲




20110404句(前日までの二句を含む)

April 0442011

 何と世に桜もさかず下戸ならば

                           井原西鶴

読、三読しても、意味がよくわからない。これは読者が悪いのではなく、作者の罪である。西鶴独特の乱暴な詠みぶりと言って良い。もっとも西鶴に言わせれば、わからないのは古典の教養がないせいだと憫笑されるかもしれないが…。どうやらこの句、伊勢物語に出てくる有名な歌「世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」を踏まえているらしい。これを西鶴はもう一ひねりして、いまの世の中、桜も咲くことなく、酒の飲めない身であったなら、どんなに良いことかと詠んでいる。何故なのか。この年の正月に出された「衣裳法度」なる政令によって、とにかく庶民は派手な衣装を「自粛せよ」ということになり、女性たちの楽しみである花小袖を着るなどはもってのほか、花の下でのどんちゃん騒ぎも自粛させられてしまった。これに大いに不満を覚えた西鶴は、この句を詠んで為政者にあてこすったというわけである。と、意味がわかれば、今日このごろの東京都知事への不満としても通用しそうだけれど、なんだかなあ、句が下手すぎてせっかくの憤りも空回りしているのが残念だ。『好色旅日記』(貞享4年)所収。(清水哲男)




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