April 01 2011
ふるさとの春暁にある厠かな
中村草田男
厠のところを三音の空欄にしたら、おそらくすべての俳人はふるさとの春暁にふさわしい情緒的な語句を入れるだろうな。厠なんて絶対出てこない。これは草田男の才能そのものだ。だいたい厠がふるさとの情感と合うわけがないと我らは思う。思う以前にそんな出会いを思いつきもしない。生まれ交わり産み死んでいく人間の原初の営みを強く肯定するからこそ厠を聖なる営みの場所として捉えられる。上句の情緒が下句で一転して「哲学」に到る。俳句はここまで言える。『長子』(1936)所収。(今井 聖)
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